山崎広太郎のブログ


by y-hirotaro

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グツにはまる

 グツにはまる、という言葉があると思うがどうだろうか。八方ふさがりといった意味だと思うが、私の国語辞典には無かった。
 今朝、留守家庭児童会の記事で、学童保育を7時まで延長し、5時~7時までは有料にするという内容の報道であったが、まさにグツにはまったなという感じであった。
 行政が作文したものであろうが、何の哲学もない、帳尻あわせの、いつもの性向が出たに過ぎない。
 有料化の背景は、全ての小学校に留守家庭児童会が設置された現段階において、すなわち、任意の施策から義務的施策に変じた段階を迎えて、その内容、あり方が改めて問われるのは当然なことである。老朽化しつつあるプレハブ教室の建てかえ、先生方の待遇や人員確保の問題等、最早一部の市民のためのサービスの枠をこえて、膨大な財政負担を必要とする、市の重要施策となっている。                                           留守家庭児童会の施策をさらに前向きに充実させ、定着化させるためには、利用者の一部負担は避けられないことであったと思う。そのことは、私が提唱してきた共働ーコラボレイトーの精神とも合致するもので、利用者が、その費用の一部を負担することによって、その事業は定着し発展するものであるからである。
 有料化の内容は、保育時間を従来5時までであったものを6時まで1時間延長する、保育料を月4000円徴収するというものである。
 この有料化の対象世帯は全体の6割で、4割の家庭は免除されるというもので、しかも、この有料化による収入によって、140に及ぶ留守家庭児童会にかかる総事業費の2割をご負担いただくという内容である。これまでもオヤツ代として月に4000円ぐらい徴収されていたそうで、オヤツぐらい家からもってくれば、差し引き0ではないかと考えるのである。
 こんなことが市長選の争点になり、今もって混乱を続けている。
 7時まで保育を延長する愚を犯せば、学童保育そのものが破綻する恐れがあると指摘せざるをえない。
 留守家庭児童会の有料化が、新設された子供みらい局の、今後の幅広い施策展開のスタートであったはずだ。
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by y-hirotaro | 2007-12-27 01:44
 ボランティアの仕事を兼ねての旅行の楽しみは、人と会うことと意見交換を重ねることです。  共通の目標に向かって意思が通い合うことの喜びは、会話が下手でも得ることが沢山あります。
 今回のインドネシア、バタム島とネパールの旅はそんな旅でした。
 バタムはシンガポールから連絡船でわずか1時間、そこはもうインドネシア領です。美しい近代的な街からゴミゴミした町と貧しい農魚村の島へ、、その付近には2000余の島と、到るところに干潮になると干潟が生まれます。マングローブ植栽の舞台です。苗木や作業員など全ての段取りが私の友人であるY、L、インベスト社の山本社長によって準備されています。100万円につき50haの面積がマングローブの森に生まれ変わる計画です。目的は地球温暖化防止と同時に漁業資源の拡大にもつながり、漁村民の全面的協力が得られます。
 Y,L,インベスト社は、スマトラ島の数千キロに及ぶ東海岸線の幅1キロメートルにわたる干潟の全てに、マングローブを植栽する、遠大にして途方も無い計画に着手し、実行にかかっています。そのちょっとした余力を、私たちに貸してくれることになりました。
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 バタム島の魅力は、足の便が良いことと物価が安いことです。ライオンズクラブの事業として始めますが、将来は広く市民にも呼びかけていく計画です。その夜の食事は、大きな屋外の生簀レストランで自分で選んだエビやカニや魚を山盛りに安くおいしく、たらふくいただきました。

 ネパールは5年ぶり4回目の訪問です。カトマンズでもポカラでも、10年前初めて訪問した時以来の友人、知人に多数会うことができました。また私たちの活動を現地で支えてくれてきた、福岡で付き合った留学生たちが待ってくれていて、大賑わいでした。
 小高い山の多いネパールの農村は、傾斜面に見事な段々畑をつくり、アワやトウモロコシを栽培しています。家々は山の中腹や山頂付近に散在しています。私たちが学校をつくったニルマリ ポカリ村も戸数1000戸のそうした村のひとつです。
 村長さん以下、村の長老もみなさん元気でした。学校も当初5教室の小学校から始めたものが、今では15教室になり、中、高生まで学べる学校になっています。これもライオンズクラブのみなさんのご支援の賜物であり、今回で30回も足を運び、ネパールの名誉領事も引き受けている篠隈光彦氏の功績です。しかし彼は、自分に新しい世界を与えていただいたと喜んでいます。
 私たちは村の人たちと援助は10年で、後は自分たちで運営する約束をしておりました。そのためには、先生たちの給料を全額村で払えるように、もっと自立しなければなりません。
 そのことも私たちのテーマでした。あれやこれや試行錯誤を繰り返し、コーヒーにたどりつきました。コーヒーを村をあげて栽培し、現金収入を得よう、これが両者合意の結論でした。
 ネパールには、もともとコーヒーがありましたが、ほそぼそと栽培される程度でした。集荷のシステムが貧弱で、販売ルートも確立していませんでした。
 ここで活躍するのが篠隈さんです。日本の大手業者の協力を取り付け、JICAの援助も引き出して、ポカリ村にコーヒー開発委員会を設立し、本格的にコーヒーの苗の植樹にとりかかりました。2003年のことです。
 今回も、その協力者であり、アドバイザーでもある、地元福岡で永年コーヒーの輸入販売をおこなっている共和食品の一刈氏も同行されましたが、数箇所の植採地を視察し、すこしづつ収穫も上がり、農民の努力が実りつつあるとの評価がなされました。日本でも既にデパートなどで「ヒマラヤンコーヒー」という銘柄で販売されていますので、お買い求めください。
 ネパール政府も注目しはじめており、大臣とも会い、農業省のスタッフとも打ち合わせの段階に入っています。
 現在、日本の輸入先国はネパールが40~50トン、これを100倍にしょうというのが篠隈氏の夢です。因みにブラジルは12万トンです。
 一小学校の建設から、こんな大きな夢に膨れ上がるということに人生を感じ、老後の楽しみがふえたと喜んでいます。
 いよいよヒマラヤのスケッチです。11月はもっとも山がよく見える季節です。毎日、圧倒されるようなアンナプルナの山々に向かい合い、人生の至福を感じました。今回初めてポカラから車で1時間のアスタムという村に入り、さらに山に近づきました。ロッジ風の小さなホテルに2泊し、朝から晩まで絵を描いてました。実際はもっと迫力があるのに、私の力ではどうしょうもないと悔やみながら、、、です。
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by y-hirotaro | 2007-12-09 16:12