山崎広太郎のブログ


by y-hirotaro

<   2008年 03月 ( 5 )   > この月の画像一覧

三つのこと

 尼崎の白井市長さんはじめお世話されたみなさん、議会の会期末で気ぜわしい時に、大会を主催していただき、ありがとうございました。
 カイゼン運動に取り組んでいる各市の職員のみなさん、自治体の職員が自ら動くことによって、三つのことが可能になるということを言いたかったのです。一つは市民が変わるであろうということです。皆さんの運動は必ず市民の共感を呼び、やがて自治に目覚めた市民が現れ、一緒になって、すなわち協働で市政をすすめていくことになるでしょう。
 二つには、わが国の分権化の地方からの運動の原動力となり、かつ、しっかりとした受け皿となるでしょう。
 三つには、市民や民間との協働により、地域おこしが活発となり、わが国の分極化の核となりましょう。
 以上のことが、自治体公務員が自らカイゼンに立ち上がることで可能になると私は信じます。
[PR]
by y-hirotaro | 2008-03-28 00:13

尼崎にて

23日、24日は尼崎市で行われた業務改善の全国大会に参加した。参加都市もだんだん増えて14都市、来年は福井市で行われることが決定した。参加者は全員若い人たちである。上司は、この運動を見守るという形が出来ているようだ。肩肘を張らずに、業務改善の事例を誇らしげに発表している各都市のチームを見ていると、この運動が本物で広がっていくことを確信する。
 これも、関学の石原教授の指導とキャラクターの賜物である。そして、この運動の出発点が福岡市のDNA運動であることが明確に位置づけされていることを、大変うれしく、ありがたく思った。
 Top downの行革とBottom upの業務改善運動が組み合わされれば、理想的な行財政改革が展開されることになろう。
 そして、その先に次の3つの視点を据えて、この運動を展開してもらいたいと思っている。毎日日曜日ではあるが、出勤時間になったのでつづきは次回で。
[PR]
by y-hirotaro | 2008-03-25 08:19

アジアのこと

13日から3日間、5人のライオンズの仲間とインドネシア・バタム島のマングローブ植林に行ってきた。私にとっては2度目である。NPOを立ち上げ、「ライオンズの森」事業を展開するための
スタートである。バタムのライオンズも参加して、既に植林されている干潟を視察し、予定地で植林も経験した。また、基地になる漁村で、村人や子供たちと一緒に清掃もした。参加者全員が、この事業の意味をかみしめることの出来た3日間であった。
 17、18日と上京。久しぶりに二階俊博代議士に会い、近況報告した折、私が大規模なマングローブの植林事業に取り組んでいるという話になったが、彼は即座に反応し、以下の話になった。
 東アジア16ヶ国(アセアン+6ヶ国)で「東アジア・アセアン経済研究センター」を日本の主導で立ち上げ運営されること、本年5月に設立総会を行うこと、本部をジャカルタに置くこと、自分が経済産業大臣時代にこの構想をまとめたことなどを語り、環境問題は重要なテーマであり、この事業はまさにピッタリだと大いに乗り気であった。
 この新しく生まれた組織を有名無実なものに終わらせず、アジアの融合と発展の核にするために、私たちも大いに活用していかなければならない。福岡市で何かできないだろうか、と考える。






















p
[PR]
by y-hirotaro | 2008-03-19 23:05

公務員とは何者か

週末は変わった友人たちと九州の尾根をドライヴした。松橋I.Cから通潤橋を通り、宮崎の南郷村へ。西の正倉院や百済伝説など、百済と大和の深いつながりに思いをはせ、翌日は平家ゆかりの椎葉村をめぐり、黒澤映画に出てくるような部落のたたずまいに感激し、八村杉という800年の樹齢を重ねた、その点では源平の頃に符号する見事な大樹を拝み、鶴富姫の屋敷と建築様式が同じという屋敷に住む庄屋の子孫のお宅で昼食をいただき、雪の残る峠を越えて、人吉から帰りました。
 さて組織の活性化についてですが、なかなか議論が核心に届かない。それは、多分、公務員とは何かということが明確に規定されていないからではないか。その原因は、憲法制定の策定作業にあるのか、法律が公務員によって作文されるものであるからか、あいまいできたように思う。
 私は、市の職員一人一人が、意欲に満ち、責任感があり、誇りに満ちた職員像を求めてきたつもりであるが、どうも全体の中に逃げ込みがちであったように思える。公務員とは何者か。国民と、あるいは市民と公務員との関係は何か。ここが明確でないことは、むしろ公務員の立場を弱めている。今後、公務員制度は衰退していくことを心配する。国民と公務員が向き合い、信頼関係を築き、お互いに切磋琢磨することが、両者の幸せにつながると思うがどうだろうか。
 公務員は国民一人一人のサーバントである。このことから出発しなければ、行政改革も組織の活性化も中途半端なものに終わる。
 憲法15条の2項に、全体の奉仕者で一部の奉仕者ではないという条文があるが、この一部とは決して国民を指すものではないことはご存知のはずである。
 私の若い友人が教えてくれたことだが、その原文は、All public officials are servants
of the whole community and not of any group there of だそうである。



 
[PR]
by y-hirotaro | 2008-03-10 00:29

下からの分権

昨日は啓蟄、虫が動き始める季節、いよいよ春本番である。
 「下からの分権」の必要性を言ってるわけだが、「自らの分権」と言っても良いと思うが、要は市民と市役所の一体化の必要性を言っているのである。市民のニーズが多様化し、社会の成熟化が進んだ現在においては、行政だけでやれる分野は限られており、かつその効果も大きく膨らむということにはならない。市民や民間の力をどう引き出すかが、これからの行政の基本の考え方でなければならない。その為には、相互の信頼が何よりも必要なのであり、まず行政側が市民の信頼獲得のための努力をすべきである。
 その信頼の形のあらわれとして、コラボレイト〔共働)がある。何事も行政頼み、行政まかせにしないで、市民がやれることは市民がやる。この考え方は、市民の間に少しづつ浸透していたように思う。その市民の信頼獲得の運動の一つがDNA運動であると考えていた。それが廃止になるとは、どうしても納得がいかない。市長が変わったぐらいで方向が変わるものでもなかろう。しかもこの運動は福岡市役所を発祥の地として、今や全国の自治体に広がっている。元祖が廃業して良いものかどうか考えたら分ろう。
 自治体と市民が、国だのみや役所まかせから変わって、自治、自立の精神に立てば、分権化は間違いなく現実のものになる。今のように、「上からの分権」待ちでは、実現は遠く、与えられた分権では、果たしてわが国の活性化に結びつくか疑問である。
[PR]
by y-hirotaro | 2008-03-06 16:40